2009年11月南米アルゼンチン・ウルグアイ・チリの順に、
国際交流基金の文化事業の要請を受け
日本文化を伝えに行くことになった。
周到な準備を整え、「日本を好きになってもらいたい」という
純粋な想いを一杯抱え、地球の裏側へ大荷物と共に旅立った。


1カ国目、アルゼンチン・ブエノスアイレス

東京の家を出て、アルゼンチンに到着したのは、実に36時間後。時差12h、時間も季節も日本とは間逆にある。空港からホテルに荷物を預け、そのままこの地で行うイベントの最終の詰めをするため打ち合せへと向かう。ここでは、書の作品展示・講演・ワークショップ・現地ミュージシャンとコラボライブ・書(漢字)で名前を贈る、などを行う。コラボライブは、アルゼンチン伝統楽器「ケーナ」と太鼓と書のコラボ。日本へもコンサートに来る程有名なケーナ奏者「ラウル・オラルテ」さん。ケーナは「コンドルは飛んでいく」などの演奏でほとんどの人が耳にしたことがあるだろう。通訳を交えての打合せは、超プロフェッショナルな「ラウル」さんの感覚に助けられとてもうまく進む。私も彼も異なる言語を話しながらお互いその言葉を理解していることがかなり多かった。表現者同士の言葉を越えたコミュニケーション力は、今後も何度も経験できることとなる。全ての打合せが終了すると、この国でのイベントを主催してくださった日本文化センターの所長主催夕食会へと自宅に伺う。美しい満月を見ながらおいしいアルゼンチンワインとお寿司をご馳走になる、サーモンはチリ産だ。このチリ産サーモンも今後各国で何度もお目にかかることになる。そして全ての予定を終えた23時になろうとする頃、折角なので本場のタンゴを経由し(超感動を抱え)ホテルに戻り、やっと長い初日を終えた。

翌日、作品展示を終え、講演・ワークショップ・名前を贈るパフォーマンスを行う。参加者は事前に募られ抽選で選ばれていたものの、会場にはそれ以上に多くの人が来場し大盛況でした。アルゼンチンには日本から移住した方が多く、そのため関心も高いのかなと思う程度でしたが、多くのアルゼンチンの人たちに囲まれ交流していくうちに、何十年も昔に日本から移住した人たちが多くの苦労や挫折の中、それでも現地の人たちに誠実で嘘をつかなかったり親切を積み重ねてきたことこそ、親日的でこうした高い関心を示してくれているのだと感じるようになりました。この時私も次の時代のために、日本を好きになってもらえたり日本を尊敬してもらえるよう務める気持ちを大きく抱いたのでした。
次の日は、ラジオ出演を終え、現地のケーナ奏者と太鼓と書のコラボレーションライブ。屋外で陽が落ちかけた時間から始まる粋な演出だ。冒頭所長のスピーチに観客が感動していることがわかる。素敵に紹介してくださっている内容らしい、がスペイン語がわからず残念・・・。「夢海渡」太鼓の音でライブがスタート。そのリズムや伝えたいメッセージを受け、大きな書をひとつ書き上げる。次はケーナとのコラボ、彼の美しい音色や響きでアルゼンチンの風景を描いた書画を完成。ライトを浴びた私からも、客席以外にも舞台を取り囲むよう多くの人が立ち見で観てくれている姿が見えました。最後は、書のサプライズ演出でライブを終えました。沢山の拍手を受け、そのままTV取材を受け、握手と記念撮影とサインを山ほどし、その間持参した金色に輝く美しい着物(打掛)は、松の木の下で多くの女性が着用し写真を撮っていました。この後も、打ち掛けは日本の伝統美を伝える以上に各国で多くの方々によろこびを与え、持って来た甲斐がありました。
アルゼンチンでの成功は、主催者側の周到な準備にありました。メディアや日本に関心の高い人たちへの事前PR、このことは後のウルグアイやチリのイベントにも功を奏してくれました。また、主催側に現地の団体や青年会がボランティアでサポートしてくれる素晴らしい現地との協力体制が整っており、おかげで大人数で準備を進めることができました。また関わる人が増えるとそれに比例し、来場者数も増える傾向があります。イベント運営の見本のようだと深く感心感動しました。
ここでは思いやりの深い人たちに支えられました。文化センターでの展示の後片付けをしながら名残惜しいひと時、別れはいつも切ない・・・けれど、次のウルグアイへ向けて・・・出発。また逢いましょう!

2カ国目、ウルグアイ・モンテビデオ-プンタデルエステ
ウルグアイは、アルゼンチンの右隣でブラジルの南に位置する国です。首都モンテビデオ到着日もイベントを行うため、飛行機が遅れた分急いで会場へ移動します。建築好きな私は、車から見える風景に感動、街には、個性的で素晴らしい家々が並びます。ウルグアイは建築がオモシロイ!そういえば私がいつか行きたいと思っていたお城のような建物も南米だったと思うと、ふと昔建築誌で見て憧れた建物を思い出す、それがどこの国かまでは憶えていなかったのだけれど。その記憶が後々素晴らしい奇跡を生むことも知らずに・・・。ウルグアイでは、講義・コラボレーションライブ・名前を贈るパフォーマンスを中心に行います。今回のコラボは、ウルグアイ日本100周年記念の曲を手がけられたバンドネオン(タンゴの演奏で使われるアコーディオンのような楽器)「サンティアゴ」さん。到着その日のコラボライブは、時間が無い中、サンティアゴさんと打合せ。ここでも驚異的な言語を越えた表現者のコミュニケーション力が発揮される!彼は私が話す日本語&英語を理解し、私には彼のスペイン語が通じている。そんな奇跡的な打合せとサンティアゴさんの超プロフェッショナル力で、常に私の書のリズムに音を合わせてくれ、また私が書き終えるタイミングで演奏を終える絶妙な技量でコラボライブは成功裏に終えることができました。翌日は南米屈指のリゾート地「プンタデルエステへ」移動。ここの「コンラットホテル」で展示・レクチャー・コラボライブを行う。その後、名前を書で贈るパフォーマンス中、私に南米式挨拶をしているこの女性(写真右下)、なんと、アルゼンチンでもライブを見に来てくれていました!アルゼンチンではライブ後、素晴らしい笑顔で駆け寄ってくれたこちらの女性「アゴ」さんと少し話をし、次はウルグアイでやるよと伝えたところ、国境を越えて観に来てくれたのです!アゴさんから、「私もアーティストだから、明日モンテビデオへ帰る際、私のアトリエに寄ってね」と何度も言われる。
翌日は、モンテビデオへ向けての移動日で、終日、在ウルグアイ日本大使たちと一緒です。大使のプライベート車でご一緒させていただく。この日は日曜日。コンラットホテルでのイベント実現にご尽力くださったマルタさん夫妻と大使と共に、きのうのアーティスト「アゴ」さんのアトリエへ伺う。この時、実は私だけがわかっていなかった。彼女の家族はピカソとも交流の深い南米屈指の超有名なアーティストだということを。そして何より、私が昔いつかは行きたいと思ったお城のような不思議な建造物が、実は彼女の父の建てた手作りの建物であり彼女のアトリエだということを!そんな奇跡が起こるとは、神様ってすごい!二ヶ国に渡りライブを見に来てくださる程気に入られた私は、このお城の中にあるご自宅までも案内していただき、シシュースペースを作ると何度も言ってくれ、そんなことを言ってくれなくても私は十分もう幸せ感に満ちていました。そして、 昨日ライブを観にきてくださった在ウルグアイ・エルサルバドル国大使夫妻までもが合流し、日本大使にとてもとても親切にしていただいたり、感動だらけの奇跡状態です

翌日朝からウルグアイの人気番組に出演。着物や日本文化について話し書を披露。その後、夜の展示やライブ準備前の昼食に、南米料理「アサード」専門店へ。ご存知の通り、南米では牛肉を毎日のように食べます。アサードは、牛肉や鶏肉やチョリーソなどを、炭火で焼く料理。この料理法は脂が下に落ちるので牛肉をとても美味しく仕上げることができる。ウルグアイは、お肉が美味しいだけでなく、パンや飲み物(ワインもジュースも)も美味しい!そしてマテ茶を飲む。アルゼンチンの人も食後にマテを楽しんでいたが、ウルグアイの人はマテ茶セットを日常本当に持ち歩いているのには驚いた。茶葉とお湯の入ったやや大きめの器に金属製のストローのようなものを差し、それを飲みながら街を歩いているのだ。若者も老人もみんなそのマテ茶の器とお湯を入れたステンレスの水筒を持ち過ごしている。彼らは、日本人がお茶の入ったペットボトルを持って歩いてるのを見て、同じゃないかと笑うのかな。他にもウルグアイでは、懐かしの名車が街を普通に走っていたり。建築も素晴らしいので街歩きだけで十分楽しめます。また、この国には日本人やアジア人がほとんど居ません、「書」を伝えた最初の人物が私なのだそうです。この地でも、世界中に寿司や天ぷらがあるよう、日本の文化も伝わるといいな。

3カ国目、チリ・サンティアゴ
いよいよ、最終国チリへ。到着当日、そのまま打合せ会場「国立現代美術館」へと向かう。ここで数日後に控えた、作品展示・レクチャー・コラボライブなどの打合せを美術館職員とコラボ相手の現地のバンド「AKATOMBO」さんと行う。チリでも、アルゼンチンで今回の書のイベントのことを聞いたという人が現れた、アルゼンチンのPR力がアンデス山脈を越えてチリにもやってきた(御礼)。その後、今回各地で行うイベントの主要な現地の方々と共に大使館主催の夕食会に招かれる。お寿司だ、チリサーモン。日本の輸入サーモンの実に半分はチリから来ている。回転寿司のネタの魚介類の多くもチリ産だ。実は、チリにはサーモンは居なかった。日本のジャイカが何年にも渡り養殖技術をこの地に伝えたのだそうだ。細長い国で海をたくさん持つチリは、実はそんなに魚介類を食さない。むしろ他の南米諸国と同様、肉を愛する。いい魚介類のほとんどは日本や中国に行くそうだ、そしてチリで食べるチリ産サーモンは、日本で食べるのと値段がほとんど変わらないそうだ。話は戻り、お寿司。中央にサーモンがはいってその周りに寿司飯そして周囲にはのりではなくアボガドで巻かれている。超コッテリ。他にも、サーモンとチーズとアボガド。超コッテリ。そしてお寿司を天ぷらにしたもの、これは意外にも、日本でも流行りそうな味です。
翌日午前中に、デザイン学科に定評のあるチリの大学で日本文化のレクチャーや書のワークショップを行う。参加者は、この大学の先生方。漢字に対しての興味が深くレベルの高い質問が飛び交う。午後からは、日本大使館でのレクチャーやワークショップ。漢字の成り立ちや日本語についての話をし、漢字を実際に筆を使い参加者と書く。今回の旅では書の道具が現地で手に入らないため、筆と特殊な紙を10m持参した。筆に墨ではなく水を含ませこの紙に書くと、まるで墨で書いたかのように見えるのだ。そして時間が経ち乾くと元の状態に戻る、だから何度でも使える。各国で驚きと共にその役割を果たしてくれた。全行程終了後は、お世話になった各国に、日本文化の役に立ててくださいと願いを込めて、掛け軸などの作品と共に送り届けました。別の日には、日本人学校で書の授業。みんなすごく礼儀正しくかわいい!小学生に書道を教えるのは初めてでしたが、目をキラキラさせ熱心に書の授業を受けてもらえ感激でした。漢字の成り立ちを知ってもらった後は、みんなで書で「友」を書きました。

国立現代美術館では、作品展示(12点)・レクチャー・名前を漢字で書いて贈る・書のライブパフォーマンスを行う。現地の日本大使館の皆さんやサポート部隊の事前にご尽力が光ります!ライブパフォーマンスは美術館の閉館時間後にもかかわらず、観客席は直ぐに一杯、立ち見&直接床に席をとる人で会場は埋め尽くされました。レクチャーは、日本文化・着物・日本語・書・チリと日本の関係(チリワイン・サーモンや魚介類)・10円玉の銅・日本のトイレのテクノロジー力・日本で歌われているチリの歌・どのガイドブックにもチリ人は親切だと紹介されていることなど、1時間以上話が盛り上がる、(日本に興味を抱いてくれてありがとう)。
そして、書のライブパフォーマンス。来場者の集中した視線を全身に受け、大きな和紙の上で書を披露。続いては、「AKATOMBO」の演奏の中、壁面に音楽に合わせて書を書いていく、書き上げた言葉は奏でられている曲とコンセプトを合わせ故郷を想う日本の詞とチリの歌の歌詞の一部を対峙させた形で書き上げる。最後は、チリの皆さんに今日の出会いとこれまでの感謝を伝えようと、サプライズな演出。観客席に向けた真っ白な和紙、そこに最初はカラーでそして次は墨色が入り、どんどん文字が浮かびあがってくる演出、そして最後には、「Gracias Viva Chile!(日本語訳:ありがとう、チリ、ばんざーい!」
の書体が完全に現れ、会場からわれんばかりの拍手がおこる。いろんな人の助けのおかげで、全てうまくいき、響き渡る量の拍手を全身に受け、日本的感謝の意を表すため頭を下げ一礼、顔をあげると、そこは会場全員によるスタンディングオベーションと拍手喝さいでした!・・・超感動で涙が流れました。
この後、チリ国立現代美術館に書の作品がコレクションされることになりました。足跡をひとつ遺すことができました。

帰国のための26時間の飛行(気圧)は、脳が変になることを科学的に実証できるのではないかと思うほど、帰国後、いろいろ変でした・・・。
これまでの日本での書家活動の多くの経験の中で感じてきた挫折や失敗が、この旅をやり遂げるための糧になっていたように感じます。本当にハードでやりがいのあるものでした。

全ての意義深い経験と時間、各国大使館の皆さま、サポートしてくださった現地の皆さま、日本でご尽力賜った方々、出会うことのできた皆さまに、深く感謝申し上げます。本当に、本当に、本当にありがとうございました。 
またお逢いしましょう!

         紫舟 2009年冬

 





 TOPpageへ