| ■2006年3月13日
<想像力の使い先>
原点へ帰る意もあり、
故郷「瀬戸内」で、書家を志したとき最初したこと「個展」を、
「人」という文字で行うことにしました。
最初の2日間で、たくさんの人が来てくれました。
そこに、わたしに書を教えてくれた「宇野清風」先生が…
6歳から高校生まで、書の指導を受けました。
書をやめて以来、一度も逢っていません。
正確には、挨拶にすら、わたしは伺わなかったのです。
そのことを、ずっと気にしながら、
帰省のたびに先生の家の前まで行き、
通り過ぎるほうを、どちらかと言えば、…迷わず、選んでいました。
一人前になって、いつか大きな仕事をして、
先生に見てもらえるだけの作品を持っていくんだ!
…周りにはそう言いながら。
これだけ、育ててもらって、わたしの書の原点で、
お世話になって、…こんな対応を、ずっと、してきました。
15年ぶりの再会は、
逢った瞬間、動けませんでした。
先生は少しまがった背中で、まっすぐ私の目を見て、
「立派に、育ってくれて、本当に、うれしい
今日が、私の人生の中で、一番、うれしい」
そう、涙を一杯ためた充血した目で、「ありがとう」と言ってくれました。
…長年の無礼を許してくれた上、
人生の、一番うれしい日に、わたしとのこの日を、加えてくれたのです。
わたしの代わりに父が近況を伝えてくれていたことを、
周りにフォローしてもらいながら、気付かずに、
時々偉そうにすら言いながら、過ごしていました。
わたしは今まで、想像力を、今までどこに使っていたのだろう…。
こっそり許してくれていることを許してもらっているのだと、
人の思いやりや気遣いや優しさを、
想像して、気付くことすら、できなかったのです。
「想像力」の使い先は、「ココ」なんだと、やっと、わかりました。
わたしの周りには、たくさんの「人」が、いてくれました。
見えるところで支えてもらい。
見えないところで支えてもらい。
周りのたくさんの人はこっそり許してくれて、助けてくれて、
さらにもっとたくさんの人に、支えてもらえるよう、
周りに、お願いしてくれていました。
瀬戸内の、「人」をテーマに展示で、わたしは「人」を知りました。
帰りの東京行きの飛行機の中、涙を止めることは、できませんでした…
福崎紫 (紫舟) 拝
個展の様子
<今日の書>
奈良のお水取りが終わり、日本に春がやってくる!
春はどうやって来るんだろう…、「春」

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