■2007年1月3日

    <おもいやりヲおもいやる、思いやり。>



思いやりは、
人に心を配ったり、ことばを意識したり、
相手の情況を想像してみたり、ムリさせないようにしたり、
よろこんでくれることをできるだけできるようになったり、
そういうことだと思っていた。

だけど、最近、もっと気づいたことがある。

たくさんの人と出逢って、会話して、接して、
ステキな人たちの話す言葉をきいて、言葉の選び方を知り、
ものごとの感じ方に気がつき、そうして…わかりました。

思いやりのある人は、
人の思いやりを、たくさんたくさん、感じ取れたり、想像したり、できるんだね。相手の思いやりを思いやることができる人が、思いやりのある人と言うんだね。

そんなステキな人のこんな思いやりを知るにつれ、
自分の器に、どうしようもないキモチになってしまう。
自分の小ささに、充分気づかされてしまう。
人がしてくれたことを、いい方じゃないよう、解釈したことだって、たくさんある。ほんとうは周りのことを気遣いした言動ですら、自分勝手な人だと思ったことも、ある。言葉にしないことには、キモチがないからだと誤解したり。
どうしようもないね。どうしようもなかった。。。

たくさんの人がしてくれる、たくさんのことの裏に隠れている思いやりを、
もっともっと、もっと、思いやることに、もっともっと意識を持っていきたい。
いろんなことを、よい方にとらえて、人をよく受け入れていきたい。

素直に、人を理解して、生きて生きたい。

人の、あったかい思いやりを思いやる。
そんなことに気づくまで、こんなに長い間かかってしまいました。

あったかい思いやりを、たくさん自分の中に、受け止めていこう。
きっと心が、ほかほかになるよ。

ほかほかな心は、人にたくさんの思いやりを、
プレゼントし続けられるんだろう。
おもいやりヲおもいやれる、思いやりのあるステキな人になって、
今日から生きていこう。



               2007年  紫舟 拝