■2008年1月15日(火)19:17更新



<手を握りしめる>

     ...
先月、数値的に死期間近を体験。
(もちろん今日も元気で絶好調!)

ドラマで見たことのある病室での「最期のシーン」
…駆けつけた家族に手を伸ばし最後に「ありがとう」を伝える…

まったく同じことをしている自分に自分でおどろきました。
その一番の理由は、体温が34度まで下がると本当に寒いっ。
末端の指先は凍りついたように堅くなる。暖かさがほしかった。
私は元気だったので幸いにもことばにして伝えることができ、
医者・看護婦さんに左手を握ってもらった。

でもね…
握ってくれたその手からは、熱と柔らかさがやってき、
同時に、一瞬で痛みがやわらぎ心が落ち着き「穏やか」になれたのです。
不安は去り治療や薬を越え、全部が平安に満ちた。
伝えた「ありがとう」は、これまでの人生で一番穏やかなものだった。

わたしは手から何をもらったのかよくわからないけれど、
手を通し欲しかったものを全て授かったような気がする。

日常の中で誰かの窮地に、何もしてあげられない…と思うとき、
その手を握るはできる。でもそれが一番求めているものなのかもしれない。
凍てついた手の指先のあたりをしっかり両手で包み握りしめる。
柔らかく暖かいものが相手の中に届いてくれるかもしれない。

手は誰かのためにいろんなものを出すことができるから。
手は誰からあらゆるものを授かることができるから。

そのことを過剰に信じてもいいのかもしれない。
 



           ありがとう。 紫舟 拝




<今日の書>
自分の手の届くキョリから伝える、「one love」。
(作品解説は、朝日新聞アスパラクラブ連載「一語一会」へ)
※人生を変えた言葉との出会い、ご投稿も募集中です!。

 

 


                     
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