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『代々木 夏号』
明治神宮社報『代々木 夏号」
明治神宮の社報『代々木』に、寄稿いたしました。
明治神宮は2020年に鎮座100周年を迎え、紫舟は周年のロゴ「明治神宮鎮座100年祭」を揮毫しました。
『代々木 夏号』(7月15日付)
2020年5月25日発行
神にささげる
言葉のもつ言霊を、自信の筆を通して、紙にその魂を宿すこと。
それこそが書家として目指すこと。
そのような書家の書からは、
「言葉の恩恵があふれ出す」。
そのように成るために必要なことを常に考えている。以前は、圧倒的な時間を費やせばそうなれると考えていた。六歳から書のお稽古を始め、大人になって月450時間仕事に捧げてきた。どんな犠牲もいとわなかった。
だが十年近く継続し、この道を歩んでいても目指す書に到達することは叶わないと気づいた。
もう一度、進むべき道を探りなおす。
なぜ昔の人が書いた書や、彼らの手になる工芸品を
現代の我々は、最先端のテクノロジーと哲学を以てしても
越えられないのだろうか?
そのわけを、自分に問い続けた。
そして見つかったひとつの新しい道。
昔の人を超えられない理由、
それは昔の人の方が、今の私たちよりも精神性が高かったからではないだろうか。
古の刀鍛冶は、真冬でも井戸の水を浴び、白装束を身にまとい、
それこそ神に刀を捧げる覚悟を以て、刀をうっていたときく。
だが、時代を経るにつれて人々の精神性は低くなってしまった。なぜか。利便性だ。
私たちが手に入れた便利さと引きかえに、失った能力は沢山ある。
気象の変化を、空を仰ぎ見て、自然を観察して予想することができなくなった。
渡り鳥のように地理を察知する力は弱まり、今や何度同じ景色を見ても、地図アプリやナビがないと、目的地にたどり着けなくなった。
備わっていた力は、利便性によって失われている。
便利な生活をかなえたのと引き換えに、人間の精神性は低められてしまった。
それが故、現代の技術を以てしても、昔の人の作ったモノに近づくことが難しいのだ。
そう感じて、制作に対する姿勢を全て改めた。
今は「神に捧げる覚悟」をもって書を書いている。
これまでは様々なことを犠牲にしてきた。今度は、多くを削ぎ落し、失うことになった。食べたいという欲望や、生きものの中で人間がもっとも偉いと思い込む傲慢さ、利便性や合理性への執着を手放すために。
命をいただかないよう精進料理のみを口にし、蚊や虫などの殺生は行わない。都会を離れ、電波の届かない不便な場所に書道道具を運び入れ、パソコンや携帯や時計やテレビの電源を切る。
制作前には身体を清め、瞑想をする。神に祈りを捧げ、
筆にも「言葉の恩恵があふれ出す書がかけますように」とお願いをしてから、筆先にだけに集中する。
ひとつのものだけに、真っ直ぐに、集中していく。そうして制作に打ち込むと、3日目から集中力が高まってくる。異次元の集中ゾーンに入ることも、ごくまれに許される。
その時は、筆先の中央に一本だけ出ている「命毛」にも筆圧をかけることができる。
その時、書に何かの力が宿る。
こうして「明治神宮鎮座百年祭」の書が出来上がった。
神に捧げる覚悟を以て筆をとりました。謹んでご奉納申し上げます。
2020.05.25